大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1190号 判決 1977年5月31日

控訴人

小泉正治

右訴訟代理人

関根志世

被控訴人

中川ちよ

右訴訟代理人

岡安秀

外一名

被控訴人

新井靖治

主文

原判決を取消す。

控訴人に対し、被控訴人中川ちよは別紙目録(二)記載の建物、被控訴人新井靖治は(三)記載の建物等を各収去して、それぞれ(一)記載の土地を明渡し、かつ、被控訴人らは各自昭和四六年一二月一日から右土地明渡ずみに至るまで一か月金三八七〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が被控訴人中川に対し昭和三四年一一月一日別紙目録(一)記載の本件土地を賃貸し、同賃料相当額が昭和四六年一二月一日以降月額金三八七〇円であること、右被控訴人において本件土地上に同目録(二)記載の建造物(ただしその範囲は別紙図面イホトチヘニイを順次直線で結んで囲む範囲で約一九坪。以下同じ)を所有していたところ昭和四一年一二月頃これを被控訴人新井に賃貸したこと、その後被控訴人新井が右賃借建造物の建つている本件土地上に更に同目録(三)記載の建物を建築したこと、そこで控訴人が昭和四六年一一月三〇日被控訴人中川に対し右は無断転貸にあたるとして本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二右被控訴人新井が建築した目録(三)記載の建物の所有権の帰属について、先ず被控訴人両者間の意思に基づく何らかの約定があつたかどうかについては、被控訴人らにおいて何らの主張もなく、また、この点に関し被控訴人新井の原審及び当審における尋問の結果中には同被控訴人は「同人が新しく手を加えて出来た建物も含めてすべての建物を被控訴人中川から借りていると解釈している。」とか「同人が造つたものは被控訴人中川のものである。」旨の供述があり、原審における証人中川修平の証言中にも右同旨の部分があるが、それらはいずれもその供述証言の全体の趣旨からして、単に右本人証人の主観的な解釈・見解をのべたものにすぎないことが明らかであり、その他にも前記趣旨の如き当事者間の約定の成立をうかがわせるに足る証拠は何ら存しない。

三したがつて、目録(三)の建物については、それが被控訴人ら主張の如く目録(二)の建造物に附合したか否かによつて、同建物の所有権の帰趨が決せられることとなると言わなければならない。

そこで先ず目録(二)の建造物の構造について検討すると、<証拠>によれば、被控訴人中川は先ず本件土地の南側(表から向つて右側)隣地を借り同所に建物(倉庫)を建築し、次いで昭和三四年一一月本件土地を車庫兼倉庫にする目的で借受け、本件土地の表側道路から向つて左右両側に各一一本宛の丸太の堀立柱を立て、その位置は右側の各柱は前記南側隣地上の建物の外壁に沿つて且つそれに接して、左側の各柱は土地境界上のブロツク塀の内側に沿つて且つその塀に極く近い位置にそれぞれ立て、柱の高さは右側を左側よりも高くして、それにいわゆる片流れの屋根を渡して屋根材に大部分にビニール板、一部分に瓦を使用し、恰かも南側隣接建物から塀に向つて「下屋」をおろした形態のものとなし、したがつてその右側は隣接建物の外壁が、左側はブロツク塀が、それぞれ下屋の壁に代る効用を発揮し、更に部分的には下屋の柱と柱の間に雨除けのために有合せのビニール板や生子板を貼りつけたものであつたことが認められ、右事実によれば、前記目録(二)の建造物は、極く簡単な仮設的なものではあるが、なお法律的には最少限度の「建物」としての要件を具備しているから、これをもつて建物ではないということはできない。(したがつて、以下同建物を「目録(二)の建物」ないし「下屋」という。)

そこで、次に目録(三)の建物が右下屋に附合したかどうかについて検討すると、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められる。

1  被控訴人新井は、目録(三)建物のうち、先ず(1)(2)の建物を昭和四三年一月頃建築したものであり、それについては下屋の所有者であり賃貸人である被控訴人中川の承諾を得てなしたものであること。

2  被控訴人新井の右建築の目的は、同人が初め他に居住してそこから本件下屋に通つて鉄骨加工の作業に従事していたが、それに不便を感じたので、賃貸人に対して、下屋を借りているということ自体には何らの変更もなく、ただ同所に住居できる施設を造らせてもらいたい旨申入れ、これに対して被控訴人中川は単に仮設的なものなら結構だとの概括的な承諾を与えただけであつて、建築すべき建物の規模構造間取等の具体的な内容については一切相談することもなく、それらは全く賃貸人のあずかり知るところではなく、専ら被控訴人新井の考えにしたがつて建築工事が実施されたものであり、それ故右建築は、従来賃借中の本件下屋自体に改築を要すべき必要性が客観的に生じたわけのものでもなければ、また、主観的にも右下屋そのものの改築を意図し目的とした建築工事ではなかつたこと。

3  被控訴人新井がした右建築の内容は、表側道路から向つて下屋の奥の方の約三分の一部分(約七坪相当)につき、他の表側部分とは区別して板壁と出入口の硝子入引戸を設け、その奥に二階に昇る梯子階段のある三畳敷程度の広さの玄関兼台所の間があり、更にその奥に上りがまちのある土間よりも高さのある床板を設けた八畳間程度の居間があり、更にその奥に三畳間があり、また、前記梯子段を昇るとそこに三畳間、その奥に六畳間が設けられた。そして右二階建住居の建築の骨骼を形成する柱及び梁については、

(い)  かつて、右建築当時に設けその後一審検証前に廃止したと認められる階下各室の右側を通つて奥へ通ずる屋内通路のための新設の柱が、右通路を廃止してその場所を室内にとりこんだ後も、依然室内に並んで現存しておりこれが二階を支える機能を果していることは確実であること、

(ろ)  右側(南側)隣接地上建物の北向き(被控訴人新井の建築した建物に面する方角)には窓が設けられており、そして右新井の建築した二階建住居と南側隣接地上の建物との間には若干の間隔が設けられているから、この点で南側隣接地上の建物の外壁に接着して柱を建てて造られている下屋と比較すると、少なくとも二階南側の柱は、下屋の柱の直上に重ねて立てられているものではないと推認されること、

(は)  原審及び当審における検証に際し、被控訴人新井が建築した二階建住居の床下、天井裏、壁の中等の建物内部の隠れた部分の構造を検証することができなかつたので、その詳細を実際に見分できなかつたものの、本件土地及び附近は湿気が多く、現に下屋の表側に近い部分は少なとも六本の柱が既に昭和四四年当時腐朽に達して鉄パイプによる補強をしている状態であつて、二階建住居を建てた部分についても事情はほぼ同様であると考えられるにもかかわらず、また、昭和四七年頃下屋の一部の柱が宙に浮き、これをはずした事実があるにもかかわらず、建築後八年余を経過して実施された当裁判所の検証の際に裁判所の検証実施要員の全員、及び当事者本人訴訟代理人等多数が一時に二階に昇つても建物が傾いたり、上下左右に動揺したりして危険性を感じるような惧れが全く看取できなかつたことに鑑みて、また、被控訴人新井自身当審における尋問において本数を明らかにしないものの、二階建住居建築に際し、従来の下屋の梁の何本かをはずして二階建住居用の梁にかえていることを認めており、それらの梁は常識的に見ても前示(い)に記載の新設の柱と連結しこれを緊束していると推認されることに徴しても、経験則上本件二階建住居の建築が、被控訴人ら主張の如く単に従来の下屋の堀立柱の上に柱をつぎ足して二階部分をのせただけの建築物であるとは到底認められないこと、

(に)  被控訴人新井は、原審における尋問に際し、賃貸借終了の場合同人が建築した建築物を撤去すれば、もとの下屋があらわれ、その原状に復して賃借物を被控訴人中川に返還することが可能であるが如く供述していたが、当審における尋問に際しては、結論としてそれは事実上不能であり、単純に撤去すれば、旧下屋の残存部分がくずれ落ちてしまうことを認めていること

が、それぞれ認められる。

以上の各事実に<証拠>を総合すると、被控訴人新井は目録(三)(1)(2)の建物を建築するに際し、従来から存した下屋の一部(前示奥の約七坪の部分)に二階を継ぎ足し、便所等を補足し、内部を改装したというに止るものではなくて、下屋の当該部分とは別個に、外見は粗末に見えるものの構造的には木造二階建住居用建築として或程度恒久的な耐久性と安全性のある建物を建築し、その際従来の下屋の当該部分の構造を形づくつていたもので障害になるものはこれを除去し、障害にならないものはこれを名目的に残しておいて、その残存部分は右二階建建築の一部を兼ねると共にこれをもつて右二階建建築の補強温存に役立たせたもので、その結果右二階建住居が建ちあがつたところにおいては、旧下屋の当該部分はむしろ名目的にその痕跡をとどめるのみで既にその実体はなく、仮令その痕跡として残存する部分が、例えば下屋の屋根に相当していた部分が階下の間の天井を形成するというように新たな二階建建築に極く僅か利用される面があるとしても、それは二階建建物の構造の主体にかかわりのない末梢部分にすぎず、本質的な意義のないものとなつているものであるといわなければならない。また、このようにして建築された目録(三)(1)(2)の建物は、下屋の残余の表側に近い約三分の二部分(目録(二)の建物)とも構造上区分されていて、独立して住居の用に供し得るものであると認められるから、結局同建物は下屋と附合したものとは認め難く、前判示事情のもとにおいては、同建物はこれを建築した被控訴人新井の所有に帰したものと判断するのが相当である。

(仮に、目録(三)(1)(2)建物と下屋の両者が部分的にせよ物理的に密着接合し 一応附合しているとしても、前判示事情のもとにおいては、民法二四二条但書、建物の区分所有に関する法律第一条により、目録(三)(1)(2)の建物は被控訴人新井の所有権に帰属すべきものである。最高裁判所昭和三八年一〇月二九日判決民事判例集一七巻九号一二三六頁参照)

四かくして、被控訴人中川は、被控訴人新井に対し本件土地を建物所有の目的で転貸し使用させたものであり、これに対し被控訴人らは仮定的に右転貸につき控訴人の黙示の承諾があつたと主張するが、<証拠>に徴しても、かかる事実を認めることはできない。

したがつて、右転貸を理由とする前示控訴人のなした契約解除の意思表示は有効であるといわなければならない。

また、目録(三)(3)の工作物も、目録(三)(1)(2)の建物に関し前記認定に供した諸証拠によれば 被控訴人新井が被控訴人中川の承諾のもとに下屋の表側に近い部分の屋根上に鉄パイプ鉄骨を用いて築造した高架式の鉄骨置場ないし作業場であつて、下屋とは附合していない独立の工作物であつて、被控訴人新井の所有に帰しているものと認められる。

よつて、被控訴人中川は賃貸借終了に基づく義務の履行として、被控訴人新井は土地占有権原のない地上物件の所有者として、それぞれ主文記載のとおりの物件を収去して本件土地を明渡し、かつ不真正連帯の関係で昭和四六年一二月一日から右明渡ずみまで前示賃料相当損害金を支払うべき義務があり、控訴人の本件請求は、爾余の点について判断するまでもなく、理由があり正当であるところ、原判決は控訴人の請求を棄却しているので相当でなく、本件控訴は理由がある。

そこで、原判決を取消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用は第一、二審とも敗訴当事者らの負担とし主文のとおり判決する。

(菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)

目録、図面<省略>

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